季節のクイズ 7月版 土用の丑と夏の盛り
蚊取り線香、土用の丑の日、江戸風鈴、ニイニイゼミ、暑中見舞い、博多祇園山笠など、7月のレクにそのまま使える季節のクイズです。全10問、全問に声かけ例が付いています。
10問・3択・約20分|全問に声かけ例つき
第1問
夏の夜に使う蚊取り線香。あの渦巻きの形は、何をヒントに思いついたものでしょう?
- 1線香の煙のうずまき
- 2巻き貝のから
- 3とぐろを巻く蛇
こたえ3 とぐろを巻く蛇
解説
とぐろを巻く蛇です。和歌山県有田市に生まれた上山英一郎(うえやまえいいちろう)は、明治23年に棒状の蚊取り線香を発明しましたが、燃える時間が40分ほどしかありませんでした。思い悩んでいたある日、妻のゆきから「蔵の中でとぐろを巻く蛇を見た」という話を聞いて、渦巻き型を思いつきます。明治28年に完成したその蚊取り線香は、燃える時間が約6時間。一晩中使える便利さから全国に広まりました。
声かけ例
「夏の夜、虫が入ってこないように、ご家庭ではどんな手を打っていましたか?」
第2問
土用(どよう)の丑(うし)の日にうなぎを食べる習慣。江戸時代に考え出したと伝わるのは誰でしょう?
- 1杉田玄白(すぎたげんぱく)
- 2平賀源内(ひらがげんない)
- 3伊能忠敬(いのうただたか)
こたえ2 平賀源内(ひらがげんない)
解説
平賀源内です。夏に売れ行きの落ちるうなぎ屋に、源内が「丑の日に『う』の字が付くものを食べると夏負けしない」という風習をヒントに、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めたという説があります。すると、そのうなぎ屋は大繁盛。ほかのうなぎ屋もそれをまねるようになり、習慣が定着していったということです。
声かけ例
「このあたりのお店は、夏になると店先をどう変えていましたか?」
第3問
江戸の町では、物売りが売り声をあげて歩きました。ところが風鈴売りは、売り声をあげません。なぜでしょう?
- 1夜に売り歩いていたから
- 2声を出すと縁起が悪いから
- 3風鈴の音が宣伝になるから
こたえ3 風鈴の音が宣伝になるから
解説
風鈴の音そのものが宣伝になったからです。江戸の町には天秤棒をかついだ物売りが、食べ物や薬、たばこ、朝顔や金魚などを売り声をあげながら売り歩いていましたが、風鈴売りはその必要がありませんでした。風鈴のもとは、寺院の軒下の四隅につるす青銅の鈴「風鐸(ふうたく)」。風で鳴る音に厄除けの効果があるとされ、魔を遠ざけるという赤い色に塗られていました。
声かけ例
「暑い盛りには、はきものはどんなふうに変わりましたか?」
第4問
芭蕉(ばしょう)の句「閑(しずか)さや 巖(いわ)にしみ入る 蝉(せみ)の声」。この蝉は何ゼミか、かつて論争になりました。どれに軍配が上がったでしょう?
- 1ニイニイゼミ
- 2アブラゼミ
- 3ツクツクボウシ
こたえ1 ニイニイゼミ
解説
ニイニイゼミだそうです。斎藤茂吉(さいとうもきち)がアブラゼミだと主張したのに対し、小宮豊隆(こみやとよたか)はニイニイゼミだとしました。根拠は、この句が詠まれたのが7月13日で、山形県の立石寺(りっしゃくじ)のあたりではまだアブラゼミが羽化していないこと、また「巖にしみ入る」という表現は、より声の澄んだニイニイゼミにこそふさわしいことなどでした。茂吉が折れて決着したと伝えられています。
声かけ例
「夏の朝、一日は何をすることから始まっていましたか?」
第5問
夏に出す「暑中見舞い」。いつまでに届けるのが通例でしょう?
- 1立秋(りっしゅう)の前日まで
- 2お盆(ぼん)の入りまで
- 3八月(はちがつ)の終わりまで
こたえ1 立秋(りっしゅう)の前日まで
解説
立秋の前日までです。二十四節気の「小暑」(7月7日ごろ)から「立秋の前日」(8月7日ごろ)にかけて送るのが通例とされています。実際の暑さではなく、暦が基準になっているのが面白いところです。立秋の前日までに届かないようであれば、「残暑見舞い」として送ります。
声かけ例
「暑い時期、ご近所と顔を合わせると、まず何から話が始まりましたか?」
第6問
7月に行われる「博多祇園山笠(はかたぎおんやまかさ)」。15日の早朝に行われ、祭りの締めくくりとなるのはどれでしょう?
- 1お汐井取り(おしおいとり)
- 2追い山笠(おいやまかさ)
- 3流舁き(ながれがき)
こたえ2 追い山笠(おいやまかさ)
解説
追い山笠です。15日の午前4時59分、櫛田(くしだ)神社を出て須崎町までの5キロを駆け抜けます。博多の総鎮守・櫛田神社に山笠を奉納し、無病息災を願う神事で、7月1日には市内13か所で豪華な「飾り山笠」が公開され、10日からは七つの「流(ながれ)」で「舁(か)き山笠」が動き出します。785年の歴史を持ち、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
声かけ例
「人が大勢集まる日があると、このあたりでは何日も前からどんな支度をなさっていましたか?」
第7問
夏至(げし)から数えて11日目からの「半夏生(はんげしょう)」。関西では、このころにあるものを食べて豊作を祈りました。何でしょう?
- 1あなご
- 2タコ
- 3はも
こたえ2 タコ
解説
タコです。稲がタコの足にあやかって、しっかりと根づき、多くの穂が実るように、という願いがこめられています。半夏生は「雑節」のひとつで、夏至から数えて11日目からの5日間。雑節とは、二十四節気や五節句のほかに、季節の節目となる日のことです。
声かけ例
「夏負けしないようにと、このあたりで言い伝えられていたのはどんなことでしたか?」
第8問
7月の「海の日」は、天皇が船で東北・北海道をめぐり、横浜に無事着いた日をもとに定められました。その船は次のうちどれでしょう?
- 1明治丸(めいじまる)
- 2咸臨丸(かんりんまる)
- 3氷川丸(ひかわまる)
こたえ1 明治丸(めいじまる)
解説
明治丸です。明治天皇が明治9年(1876年)の北海道・東北地方への巡幸の帰りに、はじめて軍艦以外の船に乗り、横浜に無事着いたのが7月20日でした。この日を記念して「海の日」が定められています。
声かけ例
「夏のあいだ、家の戸や窓はどんなふうにしていましたか?」
第9問
江戸時代、加賀藩(かがはん)は夏の盛りに、ふつうなら手に入らないはずのものを将軍家へ献上しました。何でしょう?
- 1加賀の絹(きぬ)
- 2初物(はつもの)の鮎(あゆ)
- 3雪や氷
こたえ3 雪や氷
解説
雪や氷です。金沢の奥座敷・湯涌(ゆわく)温泉の「氷室(ひむろ)」は、天然の雪氷を夏まで貯蔵しておくために作られた場所。1月に雪を詰め、6月末に「氷室開き」を行います。江戸時代には、7月1日(旧暦の6月1日)にあわせて加賀藩から将軍家へ献上する慣わしがあり、金沢市では7月1日を「氷室の日」として、氷室饅頭を食べ、無病息災を祈る日になっています。
声かけ例
「夏にお客さまがみえると、ご家庭ではまずどんなことをなさいましたか?」
第10問
七夕のもとになったのは、中国の「乞巧奠(きっこうでん)」という行事です。何の上達を祈る祭りだったでしょう?
- 1手芸
- 2商売
- 3武術
こたえ1 手芸
解説
手芸です。乞巧奠は、陰暦七月七日の夜に供え物をして、牽牛(けんぎゅう)と織女星(しょくじょせい)をまつる行事でした。女子が手芸の上達を願って行われたもので、古代中国で始まり、奈良時代に日本へ伝わったとされています。
声かけ例
「子どものころに年上の方から教わって、いまでも自然と手が動くのは何ですか?」
声かけ例の使い方
正解を言ったあとに、そのまま読み上げてください。答え合わせで終わらせず、その場の会話につなげるための一言です。 知識を問い直すのではなく、その方の経験を聞く形にしてあります。正解・不正解には触れないので、外した方にも同じように聞けます。
このサイトのクイズは、脳トレや会話のきっかけとして使うものです。認知症の予防や治療の効果をうたうものではありません。