連想クイズ
連想クイズ わたしは誰でしょう 名所と名物と昔ばなし
山、民芸品、生きもの、昔話の主人公、町かどの道具、食べ物、歴史上の人物、仏さまが「わたし」になって、3つのヒントで自分のことを話す連想クイズです。ヒントは1つずつ区切って読み上げ、最後まで読んでから選択肢を出すと、途中で分かった方も声を出しやすくなります。かっこの中は読み方です。全10問、全問に声かけ例が付いています。
10問・3択・約20分|全問に声かけ例つき
第1問
わたしは山です。江戸時代の宝永(ほうえい)4年に大きな噴火をして、中腹に新しい山ができました。平成25年に、世界遺産に登録されました。わたしは何でしょう?
- 1浅間山(あさまやま)
- 2富士山
- 3桜島(さくらじま)
こたえ2 富士山
解説
富士山です。宝永4年(1707年)の噴火で中腹に宝永山ができ、それからは噴火活動が休んでいます。高さは3,776メートル。すそのが長く美しい、円錐の形をした火山です。「信仰の対象と芸術の源泉」として、平成25年6月に世界遺産(文化遺産)に登録されました。
声かけ例
「富士山の絵や写真は、子どものころ、どんなふうに暮らしの中に顔を出していましたか?」
出典: 富士山(静岡県公式ホームページ)
第2問
わたしの顔の、まゆは鶴、ひげは亀をあらわしています。いくら転がしても、すぐに起き上がります。群馬県の高崎市では、豊岡地域を中心に、わたしを作る伝統が受け継がれています。わたしは何でしょう?
- 1招き猫
- 2張り子の虎
- 3だるま
こたえ3 だるま
解説
だるまです。高崎のだるま作りは、今から二百年あまり前に、豊岡村で始まったとされます。「七転び八起き」ともいわれる縁起物で、お腹には「福入」、両肩には「家内安全」「商売繁盛」などの願いが金文字で書かれています。
声かけ例
「うまくいかないことがあると、このあたりでは、年上の人たちはどう声をかけるものでしたか?」
第3問
わたしは生きものです。日本には室町時代に、中国から渡ってきました。奈良県の大和郡山(やまとこおりやま)市では、江戸時代から、わたしが育てられています。わたしのご先祖は、赤い色のフナです。わたしは何でしょう?
- 1金魚
- 2めだか
- 3錦鯉(にしきごい)
こたえ1 金魚
解説
金魚です。日本に渡ってきたのは文亀2年(1502年)とされ、はじめは貴族や富豪が飼う珍しいものでした。庶民のあいだで流行したのは、明治になってからといわれます。大和郡山市では、享保9年(1724年)に柳澤吉里が甲斐の国(山梨県)から移ってきたときに、金魚の養殖が始まったと伝えられています。
声かけ例
「金魚すくいの店が並ぶ晩は、このあたりのいつもの通りが、どんなふうに様変わりしましたか?」
第4問
わたしは、昔話の主人公です。岡山には、わたしのお話のもとになったといわれる、鬼退治の伝説が伝わっています。岡山の遺跡からは、わたしにゆかりのある果物の、弥生時代の種も見つかっています。わたしは誰でしょう?
- 1金太郎
- 2桃太郎
- 3一寸法師
こたえ2 桃太郎
解説
桃太郎です。岡山市の西部から総社市にかけては、吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼の温羅(うら)を退治する「温羅伝説」が伝わり、桃太郎伝説のルーツともいわれます。岡山の遺跡から出た弥生時代の桃の種は、日本遺産「『桃太郎伝説』の生まれたまち おかやま」の構成文化財になっています。
声かけ例
「鬼が出てくるお話では、子どものころ、鬼はどう怖がられたり、からかわれたりしていましたか?」
出典: 矢喰の岩(やぐいのいわ)(岡山県 自然環境課)祝!日本遺産認定 特別展示『「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま』(岡山県 教育委員会)
第5問
わたしは明治4年に生まれました。はじめは木の箱で、そのあと黒く塗られた時代もありました。明治34年からは、火事に強い鉄でできた、赤くて丸い姿になりました。わたしは何でしょう?
- 1郵便ポスト
- 2消火栓(しょうかせん)
- 3電話ボックス
こたえ1 郵便ポスト
解説
郵便ポストです。明治4年に郵便が始まったとき、木でできた「書状集め箱」が置かれ、明治5年には黒いペンキを塗った「黒ポスト」が作られました。明治34年に考え出された鉄製の丸いポストを赤く塗ったのは、ポストの場所を分かりやすくするためで、かどを丸くしたのは、通行のじゃまにならないようにするためでした。
声かけ例
「手紙やはがきが届くと、ご家庭では、どんなふうに読まれたり、回されたりしていましたか?」
第6問
わたしのふるさとは、熱帯アメリカです。日本に来たばかりのころは、「琉球いも」や「唐いも」と呼ばれていました。江戸時代に、わたしを広めた青木昆陽(あおきこんよう)は、「甘藷(かんしょ)先生」と呼ばれました。わたしは何でしょう?
- 1じゃがいも
- 2やまいも
- 3さつまいも
こたえ3 さつまいも
解説
さつまいもです。江戸時代に、青木昆陽の進言で幕府が薩摩藩から献上させ、全国に広めたので、「薩摩のいも」、つまり「さつまいも」と呼ばれるようになりました。焼き芋やふかし芋、天ぷらなどにして食べられています。
声かけ例
「焼き芋屋さんの売り声は、このあたりでは、どう町に響くものでしたか?」
第7問
わたしは、ろくろで木を削って作られます。江戸時代の終わりごろ、東北地方で生まれたと考えられています。宮城県の鳴子(なるこ)や作並(さくなみ)など、産地ごとに形や顔の描き方がちがいます。わたしは何でしょう?
- 1こけし
- 2市松人形(いちまつにんぎょう)
- 3博多人形
こたえ1 こけし
解説
こけしです。木のお椀やお盆を作る職人(木地師)のなかに、こまなどの木のおもちゃを作る人が出てきて、その技から、こけしが生まれたと考えられています。残る文献からは、宮城県の作並温泉に住む職人が最初といえるそうです。東北の伝統こけしは11の系統に分けられ、そのうち5つの系統が「宮城伝統こけし」として国の伝統的工芸品に指定されています。
声かけ例
「こま回しでは、このあたりの子どもたちは、どんなふうに腕を競い合うものでしたか?」
第8問
わたしは江戸時代に、いまの神奈川県小田原市で生まれました。夜おそくまで本を読んでいて、「油がもったいない」と叱られたこともあります。薪(まき)を背負って本を読むわたしの像が、全国の小学校に置かれました。わたしは誰でしょう?
- 1野口英世(のぐちひでよ)
- 2二宮金次郎(にのみやきんじろう)
- 3伊能忠敬(いのうただたか)
こたえ2 二宮金次郎(にのみやきんじろう)
解説
二宮金次郎(尊徳)です。天明7年(1787年)に生まれ、叱られたあとも、自分で菜種を植えて油を手に入れ、読書を続けたそうです。のちに、江戸時代の終わりごろの農村の立て直しを指導して、各地で成果をあげました。山で柴刈りをした帰り道に、薪を背負って歩きながら本を読む姿の像は、全国の小学校に置かれて、広く知られるようになりました。
声かけ例
「もったいないからと、ご家庭で長く大事に使われていたものには、どんな思い出がありますか?」
第9問
わたしは鳥です。一度は、もういなくなったと考えられていました。大正13年に、北海道の釧路湿原(くしろしつげん)で数十羽が見つかりました。わたしは、日本で子育てをする、ただ一種類のツルです。わたしは何でしょう?
- 1タンチョウ
- 2コウノトリ
- 3トキ
こたえ1 タンチョウ
解説
タンチョウです。江戸時代には北海道の広い地域にすみ、冬には関東や、遠く岡山まで飛んできた記録もありますが、湿原が消えたことやとりすぎで、数が大きく減りました。釧路湿原で見つかってからは、地元の人たちの手で守る活動が始まり、昭和27年(1952年)に国の特別天然記念物になりました。令和6年(2024年)には、1,800羽を超える数が確認されています。
声かけ例
「寒い朝、このあたりのすずめや鳥たちは、どう寒さをしのいでいるように見えましたか?」
出典: 湿原に生息する動物:タンチョウ|釧路湿原自然再生プロジェクトデータセンター(環境省)湿原に生息する動物概要|釧路湿原自然再生プロジェクトデータセンター(環境省)タンチョウと100年|アクティブ・レンジャー日記(環境省 北海道地方環境事務所)
第10問
わたしは仏さまです。聖武(しょうむ)天皇のよびかけで、造られることになりました。僧の行基(ぎょうき)が全国をまわって、わたしを造るための寄付を集めました。わたしは何でしょう?
- 1鎌倉の大仏
- 2牛久(うしく)の大仏
- 3奈良の大仏
こたえ3 奈良の大仏
解説
奈良の大仏です。聖武天皇は「一本の草、一握りの土でも差し出せる者は協力してほしい」と、よびかけました。行基は、この間に、僧のいちばん上の位である大僧正(だいそうじょう)に任じられています。752年、東大寺で大仏開眼会(かいげんえ)が盛大に行われました。
声かけ例
「道ばたの小さな仏さまやお地蔵さまは、このあたりでは、どなたがどんなふうにお世話するものでしたか?」
声かけ例の使い方
正解を言ったあとに、そのまま読み上げてください。答え合わせで終わらせず、その場の会話につなげるための一言です。 知識を問い直すのではなく、その方の経験を聞く形にしてあります。正解・不正解には触れないので、外した方にも同じように聞けます。
このサイトのクイズは、脳トレや会話のきっかけとして使うものです。認知症の予防や治療の効果をうたうものではありません。