連想クイズ

連想クイズ わたしは誰でしょう 食べものと道具と人物

梅干し、ふろしき、東京スカイツリー、人力車、野口英世、錦鯉、ライチョウ、和紙、牧野富太郎、ニホンカモシカが「わたし」になって、4つのヒントで自分のことを話す連想クイズです。ヒントは1つずつ区切って読み上げ、最後まで読んでから選択肢を出すと、途中で分かった方も声を出しやすくなります。かっこの中は読み方です。全10問、全問に声かけ例が付いています。

10問・3択・約20分|全問に声かけ例つき

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  • 問題見せる・配る紙。答えは入っていません
  • こたえ職員用。解説・声かけ例・出典つき
  • 問題とこたえ1部で完結。面はページで分かれます
  1. 第1問

    わたしは、食べものです。江戸時代に、和歌山県の紀州藩田辺領(きしゅうはんたなべりょう)で、年貢がかからなかったやせ地に木を植えたことが、作りはじめたきっかけと伝わります。収穫した実を、塩で30日間ほど漬けこみ、夏の日ざしに3〜4日間ほど干して作ります。大粒のものは、実がたっぷりで柔らかく、とけるような食感です。わたしは何でしょう?

    • 梅干し
    • らっきょう漬け
    • 白菜漬け

    こたえ1 梅干し

    解説

    梅干しです。和歌山県では、江戸時代に、紀州藩田辺領で年貢が免除されたやせ地に梅を植えたのが、本格的な梅栽培の始まりと伝えられています。17世紀のはじめには、城代家老の安藤直次(あんどうなおつぐ)が栽培をすすめ、保護したと紹介されています。大粒の「南高梅(なんこうばい)」は、果肉がたっぷりで柔らかく、梅干しにするととけるような食感になります。

    声かけ例

    「夏の日ざしが強い日の軒先や庭は、どのようなようすでしたか?」

    出典: 和歌山の梅干し(わかやまのうめぼし)|にっぽん伝統食図鑑:農林水産省

  2. 第2問

    わたしは、布です。破れにくく、何度でも使えて、たたむと場所を取りません。りんごでも、お酒のびんでも、大きさや形を問わずに包めます。レジ袋や紙袋の代わりにもなり、日本では奈良時代から、わたしで物を包む文化がありました。わたしは何でしょう?

    • ござ
    • 手ぬぐい
    • ふろしき

    こたえ3 ふろしき

    解説

    ふろしきです。名前は、室町時代に風呂で敷いた布に由来するそうです。古くは奈良時代から布で包む文化があり、再利用できて破れにくく、収納場所も取らず、あらゆる大きさや形の物を包めます。環境省は、小池元環境大臣がデザインした「もったいないふろしき」で、レジ袋や紙袋に代わるものとして紹介しています。

    声かけ例

    「そのころ、買い物の荷物は、どんなふうに持ち帰っていましたか?」

    出典: 環境省_小池元環境大臣デザイン「もったいないふろしき」

  3. 第3問

    わたしは、背の高い塔です。電波塔として使われています。高さは634メートルで、「むさし」と読める数字です。平成23年に、世界一高いタワーとして、ギネスの記録に認められました。わたしは何でしょう?

    • 東京タワー
    • 東京スカイツリー
    • 通天閣

    こたえ2 東京スカイツリー

    解説

    東京スカイツリーです。最高高さは634メートルで、2011年11月17日にギネスワールドレコーズ社から「世界一高いタワー」と認定されました。設計の段階から、自立式電波塔として世界一を目指していたそうです。「634」は「むさし」と読め、昔の武蔵国を連想させる親しみやすい響きの数字でもあります。

    声かけ例

    「高い建物や塔が建つと聞くと、まわりでは、どんな話になるものでしたか?」

    出典: 東京スカイツリーのスペック(高さ634m)【公式】東京スカイツリー TOKYO SKYTREE

  4. 第4問

    わたしは、乗りものです。車を引く人がいて、お客さんは座って乗ります。明治3年ごろ、東京の日本橋で、わたしの営業が始まりました。たった1年で、東京府の中だけで1万台を超えるほど、急に広まりました。わたしは何でしょう?

    • 乗合馬車
    • 駕籠(かご)
    • 人力車

    こたえ3 人力車

    解説

    人力車です。人力車は、明治3年ごろ、東京の日本橋で営業が始まりました。人々が手軽に使える近距離の乗りものとして爆発的に広まり、翌年には東京府下で1万輌以上に増えたと、国立公文書館の展示で紹介されています。

    声かけ例

    「遠くへ出かけるときの足は、このあたりでは、どのように変わってきましたか?」

    出典: 公文書にみる発明のチカラ - 10. 人力車の発明 : 国立公文書館

  5. 第5問

    わたしは、福島県の猪苗代町(いなわしろまち)で、明治9年に生まれた人です。小学校を出るころ、先生にすすめられて、高等科へ進みました。明治33年にアメリカへ渡り、のちに黄熱病(おうねつびょう)の研究のために、エクアドルやアフリカへ向かいました。平成16年には、科学者として初めて、わたしの顔が日本のお札になりました。わたしは誰でしょう?

    • 福沢諭吉
    • 野口英世
    • 湯川秀樹

    こたえ2 野口英世

    解説

    野口英世(のぐちひでよ)です。1876年(明治9)に福島県耶麻郡猪苗代町で生まれ、小学校を卒業するころに小林栄(こばやしさかえ)先生と出会い、高等科への進学をすすめられました。1900年(明治33)にアメリカへ渡り、1918年(大正7)には黄熱病の研究のためエクアドルへ、1927年(昭和2)にはアフリカへ向かいました。2004年に、科学者として初めて日本の紙幣に採用され、千円札の顔になりました。

    声かけ例

    「新しいお札を手にしたとき、まわりの方と、どんなやりとりがありましたか?」

    出典: 野口英世の生涯 : 野口英世アフリカ賞 - 内閣府

  6. 第6問

    わたしは、生きものです。1800年代のはじめ、新潟県の二十村郷(にじゅうむらごう)で生まれました。食用にしていた魚の中に、突然変異で色のついたものが現れたのが始まりです。昭和のはじめには、「紅白」「大正三色」「昭和三色」の三つの代表的な品種がそろいました。わたしは何でしょう?

    • 金魚
    • メダカ
    • 錦鯉

    こたえ3 錦鯉

    解説

    錦鯉(にしきごい)です。1800年代のはじめ、いまの小千谷市(おぢやし)と長岡市の一部にあたる新潟県の二十村郷で、食用のマゴイの突然変異から生まれたといわれます。名前は、大正時代に、新潟県庁の水産主任官だった阿部圭(あべけい)さんが「大正三色」を初めて見て、「これはまさしく錦鯉だ」と感嘆したことが由来とされています。いまは100を超える品種があり、世界へも輸出されています。

    声かけ例

    「魚と聞いて、このあたりでは、どんな場面が思い浮かびますか?」

    出典: 特集「年々、人気上昇中! 錦鯉の魅力」:農林水産省

  7. 第7問

    わたしは、鳥です。食べものは、高山植物の芽や種で、春から夏には虫も食べます。本州中部の、北アルプスや南アルプスのような高い山で、子育てをします。夏は白・黒・茶のまだら模様で、冬は尾のほかは真っ白になります。わたしは何でしょう?

    • ライチョウ
    • キジ
    • ヤマドリ

    こたえ1 ライチョウ

    解説

    ライチョウです。標高2,200〜2,400メートル以上の高山帯(ハイマツ林帯や岩石帯)で繁殖し、夏羽は白・黒・茶の斑模様、冬羽は尾をのぞいて全身が白色になります。主な食べものは高山植物の芽や種子などで、春から夏には昆虫類も食べます。大正12年に国の特別天然記念物に指定されました。

    声かけ例

    「冬が近づくと、このあたりでは、鳥や虫のようすで、どのように季節の変わり目を感じましたか?」

    出典: ライチョウ | 自然環境・生物多様性 | 環境省

  8. 第8問

    わたしは、福井県で作られる、伝統の品です。約1500年前、川の上流にあらわれた美しい姫が、清らかな水を生かしたわざを、村人に教えたと伝わります。村人は姫を「川上御前(かわかみごぜん)」とあがめ、神社を建ててお祀りしました。明治のはじめに、政府が出したお札の用紙も、ここで作られました。わたしは何でしょう?

    • 越前焼
    • 越前和紙
    • 越前打刃物

    こたえ2 越前和紙

    解説

    越前和紙です。約1500年前に、岡太川(おかもとがわ)の上流にあらわれた姫が紙漉きを教えたという伝承があり、村人は姫を「川上御前」とあがめて岡太神社を建てました。正倉院に残る「越前国大税帳(えちぜんのくにだいぜいちょう)」は、越前の和紙として現存する最古のものです。明治新政府の「太政官金札(だじょうかんきんさつ)」の用紙が漉かれたのも、この地です。

    声かけ例

    「子どものころ、家の中で紙を使うのは、どういうときでしたか?」

    出典: 越前和紙 - 越前市

  9. 第9問

    わたしは、高知県の佐川町(さかわちょう)で、文久2年に生まれた人です。22歳で上京し、植物の研究に打ち込みました。集めた押し葉標本は40万枚を超え、本は約4万5千冊になりました。新種や新品種など、1,500種類以上の植物に学名を付け、のちに植物の図鑑も出しました。わたしは誰でしょう?

    • 南方熊楠
    • 北里柴三郎
    • 牧野富太郎

    こたえ3 牧野富太郎

    解説

    牧野富太郎(まきのとみたろう)です。1862年(文久2)に土佐国高岡郡佐川村(いまの高知県佐川町)で生まれ、1884年(明治17)、22歳で上京しました。生涯で集めた押し葉標本は40万枚を超え、蔵書は約4万5千冊に及びます。新種や新品種など1,500種類以上の植物に学名を付け、1940年(昭和15)には『牧野日本植物図鑑』を刊行しました。

    声かけ例

    「道ばたの草花の名前は、子どものころ、どんなふうに覚えましたか?」

    出典: 牧野富太郎| 高知県立牧野植物園 THE KOCHI PREFECTURAL MAKINO BOTANICAL GARDEN

  10. 第10問

    わたしは、日本にしかいない、角のある動物です。本州と四国、九州の山岳地帯にすんでいます。4月ごろに、子どもを1頭産みます。昭和30年に、国の特別天然記念物になりました。わたしは何でしょう?

    • ニホンカモシカ
    • ニホンザル
    • ニホンジカ

    こたえ1 ニホンカモシカ

    解説

    ニホンカモシカです。日本特有の動物で、本州と四国、九州の山岳地帯にすみ、4月ごろに1頭の子を産みます。昭和9年に天然記念物に指定され、昭和30年に特別天然記念物に指定されました。

    声かけ例

    「山のけものの話は、このあたりでは、どのように語られていましたか?」

    出典: カモシカ|国指定文化財等データベース(文化庁)

声かけ例の使い方

正解を言ったあとに、そのまま読み上げてください。答え合わせで終わらせず、その場の会話につなげるための一言です。 知識を問い直すのではなく、その方の経験を聞く形にしてあります。正解・不正解には触れないので、外した方にも同じように聞けます。

このサイトのクイズは、脳トレや会話のきっかけとして使うものです。認知症の予防や治療の効果をうたうものではありません。

この10問を紙で使う(印刷用PDF・A4)※ボタンを押すと、PDFファイルがダウンロードされます(1つ 約1.4MB)。

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